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事業所の日常

命を生ききる

2021年3月25日

私が福祉業界に入ったきっかけは、8年前にがんで亡くなった父です。父の看病を振り返ると、たくさんの後悔があります。こんな後悔を他の人にしてほしくない。その一心で福祉業界に入りました。

当時父とふたり暮らし。おなかにしこりがあると病院で検査。後腹膜軟部肉腫(希少がん)と診断されたと同時に余命1年宣告。その2か月半後に亡くなりました。64歳でした。ひとりで看病していた私は、父の死後、ひたすら後悔におそわれました。

余命1年だからまだ時間があると思い、3ヵ月位でヘルパーの資格を取って父が動けなくなった時に備えようと思っていたのに、あっという間に病状が悪化し何もできなかった。
末期がんだと64歳でも介護保険が使えるなんて亡くなる3週間前まで知らなかった。そもそも介護保険で何が出来るのかさえ知らなかった。
精神的に看病疲れをした私は、家にいたいという父に入院してもらった。その10日後に亡くなってしまった。
亡くなる3週間前に余命週単位との告知を私だけにされた。伝えられなかった。
ホスピスの話が出た際、ホスピスに入るのには本人の同意が必要と言われた。余命週単位と知っている私が、余命1年程度と思っている父にホスピスの話をしなければならない。入院先のベッドに横たわる父にホスピスの話をしたところ、「あそこは死ぬ人が行く場所でしょ。お父さんはまだ早いでしょ。」とおびえるような目で私に言った。結局、ホスピスに入院できると連絡が来たのは亡くなった2日後。私の行動は、ただただ父に死の恐怖を味わわせただけだった。

最も後悔していることが、蘇生措置。最後に入院した病院で、心肺停止のときに蘇生措置(心臓マッサージ等)を行うか否か、用紙に記入するよう言われました。余命週単位と知っている私と、余命1年程度と思っている父。蘇生措置をどうするかと父に聞くことは、死が間近に迫っていると宣告するようでとても出来ません。結局、私だけの意思で、蘇生措置を「希望しません」に〇をつけました。父の死後、すさまじく後悔し恐ろしくなりました。「父の命を私が勝手に決めてしまった。とんでもないことをしてしまった」。

父と、もっと元気なうちから、父がどう生きたいのか話しをしておけばよかった。

後悔していることの共通点は、父のことを父の意見を聞かずに私が決めた、ということです。当時、病状が悪化していく父に余生をどうするかなんて単に死への恐怖をあおるだけだと思いとても聞けませんでした。そもそも「父のことなんだから父に聞けば良い」という当然な考えが浮かびませんでした。「自分で自分のことが出来なくなった人のことは、周囲の人間が決める」。そう無意識に思っていたのでしょう。

ひとつだけ後悔していないことがあります。治療方針です。医師からの提示は「無治療か、効果不明だが抗がん剤を行う」。会社勤めを何とか続けていた父親は抗がん剤を望み、抗がん剤の副作用を心配した私は無治療を望みました。私の意見を伝えてもなお父は治療を望んだので、治療を実施。結果、たった2回の抗がん剤だけで体力がもたず中止となりました。それでも全く後悔していません。父の意見を聞き、私の意見を伝え、結果父は望んで治療をしたからです。

皆さんに伝えたいことがあります。
自分が病気になったときにどのように生きていきたいか。ぜひ、元気なうちに、自分の意志を第三者に伝えたり文章に残して下さい。年齢は関係ありません。考えは変わるものなので、ぜひ定期的に話し合ってみて下さい。
告知をしてほしいか。
食べられなくなったら胃ろうや腸ろうをしたいのか。
延命を望むのか。
生活の場は自宅か自宅以外か。
家族の負担が大きくなったとき、家族の判断を最優先して欲しいのか、自分の意思を出来る限り尊重してほしいのか。などなど。
これは、あなたが意思を伝えられなくなった時、第三者があなたの代わりに決断する際に大切な判断材料となります。そして、残された大切な人の後悔をひとつでも少なくすることにつながります。何よりも、あなたの命をあなた自身の意思で生き続ける助けになります。


命をどう生ききりたいか。
自分の命に、ぜひ思いをめぐらせてみて下さい。


※ホスピスは、死ぬ人が入る場所では決してありません。がんの辛い身体的・精神的症状を緩和し、QOL(生活の質)を改善することを目指す場所です。

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